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脳卒中のリハビリテーション

 

 脳卒中により後遺症を生じてしまった患者様が、当院の回復期リハビリテーションの治療を受けられるために入院されてこられます。どの患者さんも、「できれば元通りになりたい」との希望を抱いておられます。もちろん私たちはその希望を叶えるためのお手伝いを一生懸命させていただいています。

 しかし、現実的には完全に元気なときのお体の状態に戻る患者さんは非常に稀です。なおらない障害と折り合いながら長い残りの人生を過ごしてゆかなければなりません。

 リハビリテーションは障害を持った患者さんの長い人生を、人間の尊厳を保ちながらより快適に、安全に過ごしてゆく方法を提供する医学です。内科や外科は病気側からアプローチし、リハビリは患者側からアプローチするという大きな違いがあります。

 そのため、リハビリテーション医学には大きな特徴があります。

 最初は、患者さんの多様性に注目しているということです。同じ病気であっても、病気の程度や脳卒中で損傷を受けた場所、病前の職歴、生活歴、ご自宅の環境などにより、取り組み方が全く違います。「この病気にはこの薬」といったマニュアルがありません。

 二つ目は、精神面を大切にした教育の要素が強いということです。脳卒中の患者さんはある時間を境に突然人生の景色が変わります。急性期病院では意識障害などで、わからなかったご自分の病状が、回復期ではわかるようになります。そのときの精神的ショックは非常に強いものと思われます。そこをつらいリハビリに耐え、最終的に自分でお体をコントロールできるまで、精神的にサポートして行く必要があります。そのためには身体的技術だけではなく、幅広い教養に裏付けられた教育的技術も必要とされます。

 最後は、上記二つの特徴を解決するために、チームで取り組んでいることです。医療というと、医者がピラミッドの一番上に君臨して偉そうにしているというイメージがありますが、リハビリの世界では、医師、看護師、介護師、リハビリスタッフ、ソーシャルワーカーが患者さんを中心として円を描いているようなイメージです。もちろんその円の中に、ご家族が大きなウエイトを占めていることは言うまでもありません。

 

脳はどのように回復するのか

 

 脳は身体すべてをコントロールしていますので、脳卒中で脳に障害が起こると、多彩な症状が身体全体に出てきます。生命にとっては大変に重大な状況に陥る訳ですから、できるだけ早急にもとに戻そうと脳が自分で回復しようとします。その回復の一部をお手伝いするのがリハビリテーションです。

 それでは脳の機能はどのような機序で復活してくるのでしょうか?それを4点にわたって解説します。

 一点目は脳の血流が一部復活することです。脳梗塞を例にとると、脳の血管が詰まって、その血管から酸素と栄養をもらっていた神経細胞が休止状態となります。数時間以内に血流が再開すれば、神経細胞も生き返りますが、再開しなければ、死んでしまいます。その神経細胞が担っていた機能の大部分が後遺症として残ることになります。死滅した神経細胞の周りには、ほかの場所から栄養を少し分けてもらって、生き延びる神経細胞が集まっています。脳卒中から数日が経ってくるとその部分の神経細胞の機能が回復してきます。三日月を見ると、陰になっている月がぼーっと見える部分(半影:ペナンブラ)がありますが、それになぞらえて脳梗塞の周辺の脳の機能が復活してくることをペナンブラと言います。日単位で回復してきます。

 二点目はペアとなっている遠くの脳の機能が復活することです。脳は一つ一つが独立して働いているのではなく、複雑にお互いがネットワークを築いて連絡を取り合っています。そのため、一つスイッチが切れるとあたかも停電が広がってゆくように、つながっている元気なはずの相手側の脳の部分も機能が落ちてしまうのです。これをダイアスキーシスと呼んでいます。月単位で回復してきます。

 三点目は迂回路ができることです。脳は化学物質と電気で情報を伝えていますが、その経路が脳卒中で遮断されたとき、あたかも道路工事で迂回路ができるように、迂回しながら情報を流そうとします。もともと使っていなかった脇道があればすぐに開通します。もし脇道がなければ、迂回路を作ってゆかなければなりません。この脇道を造るお手伝いがリハビリテーションということになります。脇道を造るコツは、正しい方法を順序立てて根気よく行ってゆくことです。この迂回路による回復は数時間〜数十年の時間経過で起きてきます。迂回路を造るのではなく、壊れた道路そのものを直そうとする働きもあります。それが神経細胞の再生です。この再生については「脳を再生する『ウマイ』生き方」の章をご参照ください。

 考えてみれば私たちの脳は、生まれたときは自分一人では生きていけないほど未熟でした。私たちは親や教師、友達の刺激を受け、試行錯誤を繰り返しながら、自分自ら動いて脳を作ってきたのです。長い時間をかけて作り上げてきたものを修復するには、時間がかかります。決してポンとなおる魔法のような方法はありません。

 私が担当させていただいた患者様から次のような言葉をいただいたことがあります。「脳の病気も悪くないですよ。病気をしてから、物事の深いところが見えてきましたし、自分もびっくりするほど考えが変わりました。新しい自分が生まれたような気分です。」いま一度、自分の脳を新しく作ってゆきましょう。

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