こんな人がぼける

 

 ぼけの原因は大きく二つに分けることができます。

 それは①病気で脳の働きが落ちた場合 ②脳の使い方がよくなくて脳が働かなくなった場合です。

 脳の病気でぼけてしまうと聞くと、アルツハイマー病が頭に浮かびます。欧米ではこの病気の人が多くて、ボケの原因の半数を占めています。アルツハイマー病の原因はいくつかの遺伝子異常によることが分かっています。遺伝子の病気だと今の医学ではちょっと治せません。しかし幸いなことに日本ではこの病気に罹る人は、欧米ほど多くはありません。

 日本人の脳の病気で多いのは脳の血管が動脈硬化を起こして切れたり(脳出血)、詰まったり(脳梗塞)、血の流れが悪くなったり(慢性脳循環不全)するものです。これを防ぐ方法は先ず脳の病気にならないことであることは言うまでもありません。

 脳の病気でぼける場合は全体の四割くらいといわれています。残りの六割は原因が分からず、しかたなしに『特発性』と呼んでいました。この特発性の原因は脳をうまく使わなかったことによります。

 例えば風邪を引いてしばらく寝込んでいると、立ち上がったときふらふらして足の筋肉が落ちているのにびっくりしたご経験があると思います。人間の体は使っていないものはどんどん縮んでしまう性質があります。これを医学用語で「廃用萎縮」 (はいよういしゅく)と言います。生きがいをなくして、ある期間ぼんやりと脳を使わないでいると廃用萎縮が起こって脳が痩せてしまい、いざ使おうと思っても働かない状態、すなわちぼけた状態になります。

 話は変わりますが、糖尿病・高血圧・脂質代謝異常を生活習慣病と呼ぶことは皆さんご存じと思います。私はこの『特発性』ぼけは脳の生活習慣病であると思います。

 多くの患者さんを見ていますと、ぼけた人の性格・生活様式・人生の取り組み方などに共通点があることに気付きます。それを五つにまとめられたのが早川一光先生の「こんな人がぼける」です。ここに引用してみます。

        こんな人がぼける

①人の言い分を開かず、自己中心にしか物事が考えられない 『頑固』な人。

②すぐ腹を立てて怒鳴ったり、いらいらする『短気』な人。

③仕事一本に打ち込んできて、楽しみを持てなかった 『無趣味』の人。

④人と和せない、人の輪の中に入れない『友達のない』人。

⑤人を信じられず、『物』しか頼れない人。

⑥『笑わない』人。

 

 どうでしたか?「あ、自分のことだ」と思われたお父さんもいらっしやることでょう。上記以外にも多くの研究者がぼけやすい条件を提示しています。そこで私はぼけに関する本を何冊か読んで、ぼけやすい生活の条件を以下の四つにまとめてみました。

  ①ぼんやりタイプ

 若い頃からぼーっとしていて勉強に身が入らず、大人になっても仕事にも趣味にも興味がなく、一日中ぼーっとしている人です。このタイプはすんなりとぼけてゆきます。これは納得できます。

  ②バリバリタイプ

 それとは逆に若い頃から勉強に打ち込み、仕事一辺倒で趣味やスポーツに無関心な人もぼけやすいのです。仕事が命の人は、定年退職後、仕事がなくなると何をしたらよいのか分からなくなり、ぼーっとしてしまいます。

  ③ぜいたくタイプ

 お金に困らず、時間の余裕がありすぎる人も自分で脳を使うことが少ないのでぼけやすくなります。ここを読んで自分は大丈夫と思った人はちょっとさみしいものがあります。

  ④さみしいタイプ

 非社交的で、親しい友人がなく、いつもひとりぼっちでいるとぼけてしまいます。性格的に頑固、自閉的、ねくらな人、自己顕示欲が強い人などもこのタイプに入ります。

 最近は一人暮らしのご老人がたくさんいらっしゃいます。さみしいタイプの人にさせないために、地域社会が取り組まないといけないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

危険な物忘れと撃退法

 

 街でばったり人と出会い、 「お久しぶり」と言われて談笑が始まっても心の中で『この人誰だっけ?』。用件を思い出して隣の部屋に行って『あれ?何をしにきたんだっけ?』。昔は元の部屋に戻ると思い出していたのに、それさえもできなくなった。こういうことがあると、自分もついにボケてきたのかと嘆かれる人もあるでしょう。しかしご安心下さい。これらの単純な物忘れは、老化現象の一つではありまありますが、病気ではありません。

 それに反してボケが疑われる『危ない物忘れ』は三つあります。最初は難しく書くと『行為の内容よりも行為それ自体を忘れる』ことです。例えば今日の朝御飯で何を食べたかを思い出せないことは問題ありませんが、朝御飯を食べたこと自体を忘れると困ります。

 次に『長年にわたって行ってきた行為を忘れる』ことです。例えば駅から家まで何十年も間違わずに帰ってこられたのに、道に迷うようになったら要注意です。

 最後に『非常にありふれた物の名前が言えない』ことです。非常にありふれた物とは例えばリンゴ、ミカン、車などです。たまにしか会わない他人の名前は忘れても結構ですが、長年連れ添った奥さんの名前は忘れてはいけません。もっとも「あんなやつの名前も思い出したくない。」と危機的状況になっている場合は別です。

 以上の三つの病的な物忘れがある場合は、やはり病院で見てもらったほうがよいでしょう。その他の単純な物忘れは、老化からきていますので心配はないのですが、できればなるべくしたくないですよね。熟年期の記憶力の低下は直接日常生活に影響することが多いために、実は受験生よりも深刻なのです。

 単純な物忘れは、集中力・注意力の低下と記銘力(物事を記憶すること)の低下が原因といわれています。物事に集中するというのは実は大変なエネルギーを要します。年をとるとエネルギーを一点に集中してそれを持続させることが苦手になってきます。

 ではこれらを回復させる方法はないのでしょうか? それは三つの『キ』です。

 

 最初は、忘れそうならそれをメモにとること。すなわち『筆記』です。肝心なことはそのメモをどこにおいたか忘れないようにすることです。

 二番目は『日記』です。とにかくだまされたと思って日記をつけてみて下さい。寝室に入る前に机に向かって「エーット、今日は何をしたか、全く覚えていない一日だった。」これで良いのです。翌日「ウーーン、生きていたことだけは確かだが、何をしながら生きていたのか分からない」という日記になるかもしれません。

 脳というのは不快なことを大変に嫌います。毎日寝る前に今日何をしたのか思い出せない、というような嫌なことを経験していますと、それを避けるために、起きている時に脳が自然に自分のしていることを覚えようとしてくれるのです。そのうちに徐々に注意力と記憶力が増してきて、日記の行数も増えてくることでしょう。それと日記にはもうーつ非常に大きな効力があるのです。

 話は変わりますが、人と話をするということは老化・ボケ防止に非常に有効であることは良く知られていることです。しかし人と話をするといっても、一人暮らしで、しかも友人が近くにいないという人もいるでしょう。しかし全ての人が、必ず一人ずつ大親友を持っているのです。それは過去の自分なのです。たまに昔の日記を取り出して読んでみて下さい。その時の情景が昨日のことのように思い出されることでしょう。『あのときは若かったけど良く頑張ったなあ』 『自分の性格は全く変わっていないなあ』。どんどん大親友に語りかけて下さい。これは記憶を呼び起こす最適の訓練なのです。さらに元気で長生きしている未来の自分を想像して話しかることができるようになれば満点です。

 最後に『やる気』です。これは別の章で詳しく述べます。

 

物忘れの特効薬あります

 

当たり前のことですが、年齢を重ねることとボケてしまうことは同じではありません。ご高齢の方でも死の直前までかくしやくとされて、知的な生活を送られている方もたくさんいます。これらの方はボケに誘い込もうとする誘惑(脳の病気と脳のさぼり)に打ち勝った人なのです。

 老いてもなおかくしゃくとされている方の生活パターンを見ますと共通点が見えてきます。早川先生はぼけない人の特徴として以下の項目を挙げておられます。

  こんな人がぼけない

  ①本を読む人、新聞を読む人。

  ②物忘れを気にしない人。

  ③書く人、語る人。

  ④人の世話をする人。

  ⑤感動を忘れない人。

  ⑥いくつになっても張りと甲斐を求める人。

 当てはまる項目がいくつありましたか?

 やはりぼけない人は頭をよく使う生活をしていることが分かります。

 ①と③は昔から「読み・書き・そろばん」と言われているように脳を鍛えるのに一番重要なことです。ここに「テレビを見る」は入っていないことに注意して下さい。テレビは流れてくる映像と音を受身でとらえるだけですので、あまり脳の活性化には役立ちません。

 自ら本を読み、考え、書いて、人に語るという能動的な姿勢が脳を一番活性化します。また趣味は能動的な行動以外のなにものでもありません。この能動的な姿勢は当然ながら「やる気」に支えられています。

 皆さんのこれまでの人生をちょっと振り返ってみて下さい。「やる気」にあふれているときは、何をやってもうまく行くし、たくさんの事を同時にできていませんでしたか。「やる気」がしないときは何をやってもうまく行かないし、一日中ぼーっとして困ったはずです。

 「やる気」も脳が作り出すものです。脳は「やる気」さえあればどこまでも能力を伸ばしてゆくことが出来ます。もちろんぼける暇もありません。

 一九六九年に甲状腺を刺激するホルモンを脳から放出させる作用がある物質が発見され、「甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン」という長い名前が付けられました。英語では簡単にTRHと呼ばれています。

 当時は余り注目されていませんでしたが、発見から十五年経って、ある研究者がTRHをひよこの脳内に注射してみたのです。そうするとひよこは眠気が吹っ飛んで覚醒し、心臓の動悸は激しくなり、攻撃的になって勝手に走り回るという「やる気満々」の状態になったのです。つまり脳を覚醒し、活動させる(「やる気」を出す)ことがわかったのです。

 それ以降「やる気」物質としてのほうが注目されるようになりました。このTRHはわずか三個のアミノ酸からなっている非常に小さな物質です。これが入ったドリンクがあれば買って飲んでみたい『疲れたお父さん』がいらっしゃると思いますが、十年も前から注射薬として作られていて、頭部外傷や脳卒中などでリハビリの意欲が出なかったり、軽い意識障害を来していたりする患者さんには使っています。

 それではこのTRHを受け取る受容体が一番多いところが「やる気」の脳という事になりますが、調べてみるとそれは側坐核(そくざかく)でした。側坐核は、尾状核(びじょうかく)という部分にもたれかかるようにして垂れ下がっていて、直径が二mmで、重さが0・二グラムという小さい脳です。

 おでこと耳の間くらいにあります。側坐核は意志・創造の脳(前頭連合野)、好き嫌いの脳(扁桃核)、記憶の脳(海馬と側頭葉)、欲の脳 (視床下部)、生命維持の脳脳幹)と密接な連絡を取っています。

 「やる気」がでてくるともっと工夫してやりたくなる(前頭連合野)、やっていることが好きになる(扁桃核)、好きなことは試験がなくてもしっかり記憶している(海馬と側頭葉)、もっと何回でもしたくなる (視床下部)、ご飯の時間になっても大丈夫(脳幹)という状態になりますが、これらはすべて側坐核がそれぞれの脳を活性化しているためです。

 それでは側坐核を働かせるにはどうすればよいのでしょうか? 「やる気」 「やる気」と呪文を唱えていても始まりません。詳しく調べてみますと、側坐核に一番影響を与えている神経が発見されました。以前より中脳という部分に大きな神経細胞の塊が三種類あることが分かっていて、それぞれA系列、B系列、C系列と呼ばれていました。

 A系列の中で十番目の神経細胞群(A10 :エーテン)が一番たくさんの神経線維を側坐核に送っていたのです。しかもこのA10神経は側坐核のみならず、先程述べた視床下部、前頭連合野、海馬などにも神経線維を伸ばしていることが分かりました。この神経線維が運んでいるものは快楽を起こす物質である「ドーパミン」なのです。すなわち好きなこと・気持ちのいいことがA10神経の働きを強くすることになります。

 まさに『好きこそものの上手なれ』なのです。好きなことから何かを始める。それを好きなだけ続ける。まずは簡単で最も効果がある方法からはじめてみませんか。

 

治療可能な認知症

 

認知症のほとんどは脳血管障害あるいはアルツハイマー病が原因です。この二つはいったん発症すると治療は困難で、徐々に悪化してゆきます。このことから認知症はなってしまえばもう助からないというイメージがあります。

 しかし認知症の症状を呈していても適切な治療で完全に治る場合があります。これが『治療可能な認知症』と呼ばれています。認知症の一割程度がこのタイプのものと考えられています。

 せっかく治療可能な認知症であっても、諦めてそのままにしておくと、続発性の治らない認知症に移行してしまいます。最終的な病気の確定はやはり医者の仕事ですが、こればかりは患者さんが病院を受診してもらわなければ意味がありません。

 治らない認知症と治る認知症との間には四点違いがあります。

 一点目は家族や本人がおかしいと思ってから病院を受診されるまでの期間が比較的短いことです。

 二点目はボケの程度が日によってかなり違うと言うことです。時間によっても軽くなったり重くなったりすることもあります。

 三点目は認知症の主な症状は記憶障害ですが、治る認知症は記憶障害よりも注意力や集中力の低下、そしてやる気の低下などでボーっとしているために反応が悪くなっていることが特徴です。

 最後は手足がふるえる、首が固くなる、手足が動きにくくなる、歩き方がおかしいなどのボケ以外の症状が出てきます。

 脳神経外科として最も注意していただきたいものは頭部外傷後に起こる慢性硬膜下血腫です。これは簡単な手術で治すことができる痴呆の中では最も劇的な病気です。五十才以上の男性で、 一から三ケ月前に頭を打っていて、比較的早く頭痛と頭のボーとした感じがあればこの血腫を疑って病院を受診して下さい。

 脳に積極的に作用するホルモンとしては甲状腺ホルモンとステロイドホルモンがあります。

 甲状腺ホルモンの働きが落ちると甲状腺機能低下症となり、感情の起伏がなくなって、昼間でも眠りがちになります。

 ステロイドホルモンがたくさん出るクッシング症候群では、逆に不眠となり行動に異常を来します。軽度の妄想なども起こしてきます。

 栄養や代謝の障害によっても認知症が起こります。一番多いのはアルコールの飲み過ぎです。アルコールの代謝過程でビタミンB1が大量に消費されるため欠乏し、記憶障害が出てきます。この患者さんと話していると記憶障害の自覚がなくて、長時間、昨日本当にあったかのような作り話をしてくれます。歩行がよろよろして、目も動きが悪くなります。胃癌で胃の摘出術を受けた方はビタミンB12が欠乏して、貧血になりやすいのですが、さらに脊髄や末梢神経の障害と同時に認知症の症状が出くることがあります。

 抗てんかん薬を長期服用しているとその副作用で葉酸が欠乏して貧血と痴呆を起こします。

 また糖尿病患者がインシュリンや経口糖尿病薬の服用で低血糖が頻回に続くと痴呆を生じます。最近はこの反省から高齢者の血糖は高めでもいいと考えられています。

 梅毒に感染して数十年もたって痴呆が起きてきます。エイズ、免疫抑制剤の使用、さらに高齢などの免疫不全状態で真菌 (カビ)が脳に繁殖し髄膜炎を起こすことがあります。

 結核菌でも髄膜炎となることがあり、著明な記憶障害や人格の変化などが起きます。また単純ヘルペスウイルスによる脳炎は非常に重く、後遺症として痴呆症状を残すことが多い病気です。

 練炭や都市ガスなどの不完全燃焼そして自殺目的で排気ガスを吸ったりすると、一酸化炭素中毒を起こします。一酸化炭素によって酸素が脳に運ばれなくなると、酸素不足に一番弱い海馬という記憶に一番重要な部分が障害を受けて、痴呆となります。

 脳腫瘍は脳とその周辺のありとあらゆるところからでてきますが、なかでも前頭前野が両側とも障害を受けた場合や、大脳辺緑系が侵された場合など、高度な痴呆を来します。

認知症の予防