子どもの成績で頭が痛い

 

 自分の学生時代の成績を考えたら、子どもの今の成績もしかたないかとあきらめる必要はありません。知能は遺伝よりも育ち方で育まれます。知能指数の成績が世代ごとに約五程度上昇している現象のことをフリン現象といいますが、これは知能指数が純粋に遺伝的なものではなく、文化的な学習からも大きな影響を受けていることを示すものです。

 学校の成績を必ず上げる方法というのがあれば、私のほうが知りたいくらいですが、子どもを勉強が好きな子にする方法はあります。それは国語の力をつけさせることです。私たち人間はお母さんのお腹の中にいるときには『子宮の海』で、生まれてからは『言葉の海』の中で育ってきました。私たちは物事の記憶や判断そして想像力も含めてすべて言葉を使って知的な活動をしています。その意味では国語はすべての学問の基礎であり、人生の基礎であると言ってもいいと思います。国語力をつけるためには「読書好き」になればいいです。「読書好き」になるためには「言葉好き」になればよいのです。ヒトの脳はヒトの声に最も反応するように出来ています。決してテレビやビデオから流れてくる声ではありません。テレビに子守をさせてはいけません。

 「言葉好き」にするために一番大事なのは、言葉でわくわくするような体験をさせることです。それは絵本の読み聞かせです。お母さんの口から出てくる情緒豊かな語りと想像力を書き立てる絵とがあいまって、きっと子どもは知らない世界を垣間見せてくれる言葉の魔力に取り付かれるでしょう。

 

 さて学校に通い始めたら絶対に守ってもらいたいことがあります。それは『早寝・早起き・朝ごはん』です。脳はブドウ糖が唯一のエネルギー源です。血液中にブドウ糖が少なくなると、脳はうまく働いてくれません。寝ている間は食事をしていませんので、朝起きたときは血糖値が下がっていて、脳にとっては苦しい状態です。もし朝ごはんを食べないで学校に行けば、いくら先生からありがたい授業を受けても全く頭に入りません。朝ごはんは脳の最高のご褒美です。

 

 脳の活動は起床後二時間経った辺りがピークになります。したがって授業開始時間の少なくとも二時間前に起きたほうが勉強のためには理想的です。早起きをするためには当たり前ですが早寝をすることです。早寝をするためにはとにかく早起きを始めることです。といいますのは体内時計は目が覚めたときにその十四~十五時間後に眠りに入るように準備をするからです。

 食事の内容は「現代のキビダンゴ」のところで述べましたように、『マゴワヤサシイ』を基本にしてください。

 現代は知識があるだけではあまり社会では認められません。その理由は知識はインターネットを検索すれば何処までも詳しい情報が得られるからです。現代で求められている能力はコンピュータに出来ない創造力です。

 ソニーコンピュータサイエンス研究所の茂木健一郎博士は「知っているんだけれど思い出せない状態」すなわち『ど忘れ』を大事にして欲しいと話しています。「ど忘れ」を思い出そうと努力しているフィーリングとなにか新しいことを頭から生み出してゆこうと努力しているフィーリングとは同じであると説明しています。「わからないからもういいや」ではなく「もうちょっと考えてみよう」というわずかな差が、創造力を育む上で大きな差となってきます。

 また大人も子どもの脳の成長をじっと待ってやる忍耐が必要です。能力の向上はちょうど石畳の階段のように、一見成長していないように見える時期があります。しかしこの時期に脳は配線を組みなおしているのです。配線が出来上がれば、すっと能力が向上します。

 優しい子どもに育てるには自分に自信をもたせることです。自分に余裕があれば、他人にやさしくできます。『しかるは初心者、ほめるは有段者』という言葉がありますが、自信を持たせるためには叱るのではなくて、ほめて育てることが重要です。自信はすべての物事に対して持つ必要はありません。またそんなことはスーパーマンでないと出来ません。まず『一芸に秀でる』ことです。それが自信となって、他のことも積極的に挑戦しようと言う気力が出てきます。

 一寸先は闇の世界です。「頭がよい」とはそのような不確実な世の中で「自分で問題の解決法を見つけて行動できる能力」のことを言います。簡単に言えば「自分で考えて行動する」ことです。未知の領域に踏み込むのは誰も不安です。しかしその不安を引き受けてくれる心の安全地帯があれば、未知の海に漕ぎ出すことが出来ます。考えるということはいわば人間の本能ですので、本当は誰でも得意なはずです。問題は考えることを厭わない勇気です。

 第一次世界大戦後に有名な実験が行われました。戦争でたくさんの孤児が収容されました。愛情に飢えている孤児と愛情豊かに育てられた子どもの目の前に、いつも使っているおもちゃの笛と、見たことがないサキソフォンが置かれました。子どもたちはどちらに興味を示すかを見たものです。その結果、孤児はいつも使っているおもちゃに、愛情豊かに育てられた子どもはサキソフォンに興味を示しました。このことからボルビーはヒトは心に安全地帯がないと新しいことに挑戦できないと主張しました。結局頭のよい子を育てるためには一見遠回りのように見えますが、たっぷりと愛情を注ぐことです。子育てに重要なのはテクニックではなくて愛情です。

 自分の愛情は本当に伝わっているのか不安なお母さんも多いと思います。数年前に大変に評判の良かったコマーシャルが流されました。それは公共広告機構の「抱きしめる、という会話」というものです。自分の子どもなのに愛し方が分からない。まず、子どもを抱きしめてあげてください。と訴えるCMは多くの共感を得ました。

 脳と皮膚は同じ細胞から生まれた双子です。脳は皮膚を通して外界を理解しています。他人に実態のない「思い」を伝えることが難しいことであることは恋をしたことがある方なら分かると思います。スキンシップで愛情を伝えるのは最も基本的な幼児教育です。

 最近の子どもが起こした事件を見ると、ささいなことでキレて大変なことをしてしまうことが多いようです。子どもはなぜキレるのか、その理由は昔行っていたロボトミーという手術後の患者さんから推測できます。ロボトミーとは物事を考える脳である前頭葉を病気の治療のために切除するものです。患者さんは術後、次のような症状が出てきます。現在と自己のみに関心が限られる。すぐヘラヘラする。社会性がない。批判を受け入れない。無遠慮で分別がない。感情反応は突発的で表面的。などなどです。これはまさにキレる子どもと一緒です。

 私たちの脳は生きている脳(脳幹)、たくましく生きる脳(大脳辺縁系)そしてうまく・よく生きる脳(大脳皮質)の三つからなっています。本能むき出しの大脳辺縁系を大脳皮質がコントロールしながら、具体的行動を取っています。この具体的行動は大脳辺縁系と大脳皮質が連携をとりながら作られてゆきます。その時に重要なのは本物の体験をすることです。具体的な行動のプログラムは具体的な情報を元にしないと正しいものにならないからです。

 しかし現代の情報は、テレビから与えられるものが多く、それらは本物ではなくて仮想(バーチャル)です。バーチャルな世界はいわばゲームのようなもので、相手の実態がつかめませんので、痛みなどは実感できません。そのような中で育ってしまうと、自分の本能に突き動かされて相手のことを考えずに突拍子もないことをしてしまうことになりかねません。

 これを防ぐためには子どもに本物を見せることです。触れさせることです。本物の感覚をもとに出来上がった脳はどんな状況でも頑健な行動が出来るように出来上がります。