頭の知恵袋
脳を使ってこそ人間
人間は「万物の霊長」などと偉ぶっていますが、実は哺乳類(ほにゅうるい)の中で最も特徴がない動物と言われているのをご存じでしょうか?哺乳類とはオッパイで子供を育てる動物のことです。例えばご主人のへそくりをすぐに嗅ぎわけてしまう奥さんがいても、犬にはかないません。
どんなにスポーツ万能な人でも、天井から逆さまに落とされたら大怪我をします。でも猫はきれいに着地します。百メートルを十秒以下で走ることが出来ても、チー夕ーには負けます。首がすらっと長いと自慢してもキリンに負けるし、鼻が高いといっても象に負けるわけです。
そんなふうに見てゆきますと、全く人間にはこれといった特徴がありません。しかしなぜこんなにすごい文明社会を築くことが出来たのでしょうか?それは他の動物よりも脳を発達させ、脳を使ってきたからなのです。古代の人類は何も特徴がない体で生きてゆくには、頭を使う以外ないと判断したのでしょう。人類は脳を発達させ、知恵を付け、頭を使うことによって厳しい生存競争に打ち勝ってきた、ということをまず知って下さい。
それでは次に古代の人類と現代の人類とで、脳がどのように発達しできたのか比較してみましょう。最も古いアウストラロピテクス(約五百四十万年~百五十万年前)の脳の重さは五百グラムでした。時代が経って次に現れたジャワ原人(約五十万年前)は九百グラムの脳を持っていました。更に新しい、現代人の直接の祖先ともいわれているネアンデルタール人(約二十万年~三万年前)は千六百グラムです。順調に大きくなっていますね。
これからすると現代人はどれくらいの重さの脳を持っていると思われますか?実は平均千四百グラムなんです。むしろ小さくなっているのです。意外に思いませんか?その理由は物質としての脳の発達は二十万年前で完成したのです。コンピュータに例えるとコンピュータ本体はその時点で完成したんです。後の二十万年間人類はどうしたかというと、そのコンピュータで使うプログラムを開発してきたんです。なぜならプログラムのないコンピュータはガソリンのない車と同じで役に立たないからです。
親が苦労して作ったプログラムを子孫に渡し、子孫はそれを元に改良したり、新しい物を作っては更に子孫に渡し、そして…。というように長い年月、次々とバトンタッチしてきたわけです。このバトンタッチを別の言葉で表現すれば「勉強」と言います。私にも経験がありますが、中学生・高校生の頃「こんなことを勉強して将来何の役に立つのか」と反抗したことがありました。
実は勉強すると言うことは親や先生にほめられるためではなく、他人に自慢するためでもなく、ましてや他人を蹴落とすためでもありません。それは『現代人という人間』になるために過去の人類の遺産を学ぶためなんです。学ぶことを止めた人は、進化がそこでストップしてしまいます。生涯学び続ける皆さん方は最も進化した人類であり、超エリートなのです。
脳を再生する『ウマイ』生き方
医学の進歩というものはすさまじいもので、ついこの間まであたりまえのように思っていたことが、間違いだったということがあります。
私はこれまで、多くの会場でセミナーをさせていただきましたが、セミナーで必ず入れるお話は、「脳は一度壊れると二度と再生しないから、壊れないように病気にならないように注意しましょう。」という内容のもので、これを特に強調してまいりました。
実は体の大部分の細胞や臓器などは、盛んに再生されていることが昔からわかっていました。お風呂に入って体をこすると「アカ」が出ますが、これは死んで剥げ落ちた皮膚の細胞なのです。もし皮膚が再生しないのなら、日々皮膚はやせて最後は半紙のような状態になってしまうでしょう。しかし「面の皮が厚い」ままでいられるのは、皮膚の奥のほうで盛んに皮膚を作る細胞が再生しているからです。大体生まれてから二週間で皮膚の表面に出てくることが知られています。
ところが脳だけは、生まれたときが成長の終わりで、それからは神経細胞が死んでゆくことがあっても、生まれ出てくることはないと長い間考えられてきました。しかし長生きはするもので、三年ほど前より、「脳ほど再生している臓器はない」ということを証明した研究が報告されるようになりました。
お母さんのおなかの中にいるときは、脳を作る細胞(神経幹細胞)がたくさんあり、どんどん脳が作られてゆきます。おぎゃーと生まれると、この神経幹細胞が急激に少なくなり、大人ではまったく見られなくなると考えられていました。
細胞は一個が分裂して二個になり、それがまた分裂して 四個になりますが、その分裂している細胞だけを染める方法で調べてみると、成人の脳にもたくさん神経幹細胞があり、しかも増え続けていることがわかったのです。
現在、人間の脳で何歳まで神経幹細胞が見られるか調べた研究がありますが、驚いたことに九十五歳の方からも神経幹細胞を培養することができるのです。
また驚くべきことに、脳以外の部分にも神経幹細胞に変わることが出来る細胞があることが分かりました。脳以外の部分とは脊髄、骨髄、皮膚そして筋肉です。脊髄は脳とつながっていますから、納得できますが、骨髄といえば血液ですし、皮膚や筋肉にいたっては全く脳と関係ない感じがします。なぜほぼ全身に脳を作る細胞が存在している必要があるのでしょうか?
これは「いざ鎌倉へ」ではありませんが、生きていくうえで一番大切な脳に問題が起こると、全身から脳を再生させるお助け部隊が集まるようになっているのかもしれません。
いつもボーっとして、頭の回転が遅い人が「頭が筋肉」と揶揄されることがありますが、本当はほめ言葉だったんですね。
脳を作る細胞があるのなら、それを治療に使えないかという発想が出てくるのは当然です。すでに臨床応用の一歩手前まできているものは、末梢神経の損傷を神経幹細胞で直すというものがあります。正座していると足がしびれるのは足を動かし、足の感覚を司る末梢神経があるからですが、これが事故などで切断されると、治療が非常に困難でした。神経幹細胞は神経線維も作ることができますので、切れたところに神経幹細胞入りのチューブを置いておくと、自然に神経がつながります。
次に期待されているのは、脊髄損傷です。高いところから落ちたりして首の骨を折り、脊髄が傷つきますと、意識はしっかりしてても手足が全く動かないといった悲惨な状況になります。ねずみの背骨を取り、脊髄をハサミで切ると(本当に医者はひどいことをするものです)、足が動かなくなります。切った脊髄に神経幹細胞を植えておくと、脊髄が再生され、一から二ヵ月後にはピンピン歩き回ります。
パーキンソン病も研究が進んでいます。パーキンソン病で少なくなるドーパミンをたくさん作る細胞を自分の神経幹細胞から導き出し、それを自分の脳に植えるという研究です。しかしこれらの神経幹細胞の移植が本当にうまく行くためには少なくとも十年以上の時間が必要と思われます。
それまで待てないという人、あるいは医療費の高騰でなるべく安く健康になりたいという欲張りな方には朗報があります。それは自分で神経幹細胞を増やして治すという方法です。簡単に言えば、神経幹細胞を減らすことをできるだけしないで、神経幹細胞を増やすものをできるだけすればよいわけです。
神経幹細胞を減らしてしまうのは年齢・病気・怠惰な生活です。
神経幹細胞の元気は歳とともになくなって行きます。二つに増える能力が低下しますので、細胞の数も少なくなります。歳はできるだけとらない方がよいのですが、そんなことができるのでしょうか。
ご長寿の方々にお話を伺いますと、いつも同じ言葉を耳にします。それは「ワシはまだまだ若いもんには負けんぞ!」というものです。「年寄りの冷や水」と思っていましたら、それが生涯青春のコツだったのですね。
二十世紀始めころ、経済学者のパーキンソン(パーキンソン病を発見した人とは違います)がある面白い調査をしました。それは『あなたは何歳頃から脳の衰えを感じましたか?』と定年退職をした人にインタビューしたのです。不思議なことに異口同音に(定年マイナス三)才と答えたようです。たとえば六十五歳で定年退職した人は六十二歳頃から、七十歳まで現役だった人は六十七歳から、脳の衰えを感じたと答えたのです。
このことは人間の心理に当てはめると、目の前に崖があると自然に自動車のブレーキを踏むように、私たちの人生の中で目の前に限界を感じたり、終わりが見えると自然に心にブレーキをかけ、それが脳の能力を衰えさせるのです。
現在ではこの原則はパーキンソンの法則と呼ばれています。この法則から考えますと、生涯青春のコツはただひとつ、『定年を百五十歳と決める』ということです。百五十にくらべればまだまだ青春です。
いくら脳が再生するからと言っても、脳の病気で一度に多くの神経細胞が失われたら、再生するまでにかなり長い時間を要します。やはり脳の病気は予防するに限ります。
またコタツでみかんを食べながら、一日中テレビをボーっと見ているような生活を送っていますと、脳を作り変えないといけないほどの刺激が無いので、再生されません。
それでは脳の再生を促すものはどのようなものでしょうか?
ねずみを何もないかごの中で飼ったグループとくるくる回転して運動ができるおもちゃを入れたかごで飼ったグループで、神経幹細胞の数を比較した研究があります。その結果は運動をしたグループの方が 十倍以上神経幹細胞の数が多いというものでした。
人間は植物ではなく動物ですので、動くことで脳が生き生きとします。体力を保つために運動されている方が多いと思いますが、運動は体よりも脳を鍛えるものだったのです。
神経幹細胞は脳全体に存在していますが、二ヶ所だけ非常に強く再生している場所があります。それは前頭葉と海馬です。前頭葉は額のところにある脳で、物事を考えているところです。お猿さんと人間の脳で一番違っているところです。海馬は脳の底のほうにあり、記憶をコントロールする中枢です。この前頭葉と海馬を鍛えることができれば、脳の再生のスピードが上がるのではないかと期待されます。
『考える』と『覚える』という行為を一緒にすることを漢字二字で書くと何になるでしょう。それは『学習』です。私たちは人よりもいい生活をしようとか、他人よりえらそうにするために学習するのではありません。それは自分の脳を日々よい方向に作り変えるためだったのです。
「運動はだるいし、ましてや勉強なんてとんでもない」という方は最後の手段があります。
これもねずみの実験ですが、ねずみに猫の鳴き声を聞かせたり、水の中に沈めたりして精神的ストレスを与えると、次第に動かないウツウツとしたねずみになります。ある研究者がこのねずみにうつ病を治す薬を与えてみたところ、イキイキとしたねずみになりました。ウツウツねずみとイキイキねずみの神経幹細胞の数を比較するとイキイキねずみの方が何倍も数が多いことがわかりました。
このことからイキイキとした充実した人生が、脳を再生する大きな原動力となることが推測されます。
脳の再生を促す方法は以上述べましたように、運動・学習そしてイキイキ人生でしたが、試験でもないとなかなか覚えられません。そこで語呂合わせを考えました。
「ウ」動いて
「マ」学んで
「イ」イキイキ 人生
これが脳を再生するウマイ生き方です。
脳は日々再生されていますが、ちょっと油断すると一気に老化してゆきます。毎日のこつこつとした努力を続けていれば、遅々とした歩みかも知れませんが、脳はよりいいものに生まれ変わってゆきます。『大器晩成』こそが正しい脳の育て方です。