センテナリアンと人間の寿命

 

健康で長生きすることは人類共通の願いだと思います。きんさん・ぎんさんがあれほど人気があったのは、なんとかあやかりたいとの願望があるからでしょう。きんさん・ぎんさんのように、百才を越えた人は日本でたったの一万人しかいません。いわば長寿のチャンピオンです。長寿の秘訣はこれらの人に聞くのが一番というわけで、世界中で研究が行われています。

 研究のタイトルを付ける時に「百以上生きた人の食生活の傾向」などとするのは長すぎるので、 百歳以上生きた人に名前を付けることにしました。百才といえば百年。百年といえば一世紀です。世紀のことを英語でセンチュリーといいますので、 一世紀を生きた人という意味で、センテナリアンという言葉が作られました。

日本人のセンテナリアンは昭和38年にはわずか153人しかいませんでした。それが平成25年には54,397人と、なんと50年間で355倍に増えています。現在では日本人の約2300人に1人がセンテナリアンという計算になります。やっぱり高齢化は進んでいるんですね。

 それではセンテナリアンの人達は実際にどんな生活をしているのでしょうか? 

 東京都老人総合研究所の調査によると、まず悠々自適な生活で、急がされても焦らない、我慢強く待てるという人が多いようです。また物事は一つずつ片付けて、いっぺんに多くのことをしない。こういう主義の人はどっかり腰をおろして何もしないような印象がありますが、やるときは積極的に行動されています。

 まず時間に遅れません。時間に遅れる人というのは、時間に振り回されています。短時間で全力を尽くして一生懸命にやるから一つずつ片付けても仕事が早いです。

 次にセンテナリアンの性格はどうでしょうか?かれらは男性的性格と女性的性格を合わせ持っています。

 男性的性格とは、自分の立場をしっかり持っていてそれを押し通すことです。ある一面から言うと頑固といえますが、決して妥協しないという信念の人が多いようです。しかしそれだけでは頑固ジジイやいじわるバアサンになってしまいます。同時に優しい・相手の気持ちが分かるなどの女性的性格を持っているために、家族及び地域社会を味方に付けているわけです。

果たして人間は生物として何歳まで生ることができるのでしょうか?すなわち生物としての人間の寿命です。

 実はこれには立派な法則があります。背骨のことを脊椎(せきつい)と言いますが、この脊椎を持っている動物のことを脊椎動物といいます。例えば、犬・猫・猿などです。

 この脊椎動物の寿命にはある一定の法則があることが分かっています。それはその動物の脳が成熟する年数掛ける五が寿命なんです。

 人間の脳が成熟する年令は二五才ですので、それに五を掛けた百二十五才が人間の寿命と言われています。昔の人はそれを直感で知っていたのか、キリスト教でも仏教でも教典に人間の寿命として百二十才前後と教えています。また日本語の中にもちゃんと百二十歳の呼び名がついています。それは『大還暦』です。六十歳の還暦の2倍という意味です。

しかし、実際に生きることができるという可能性と、実際に生きることができたという現実との間には大きなギャップがあります。これまで120歳以上生きた人類はたった、二人しかいません。最も長生きした人は、ジャンヌ・カルマンさんで、122歳と164日でした。このかたはフランスの画商の娘さんで、無名時代のピカソが画材を買いにきても、へたくそだからと売らなかったようです。二人目は我らが、泉重千代さんです。120歳と237日でした。このかたは茶目っ気のある人で、120歳のお誕生日のときに理想の女性像をインタビューされて、「年上の人じゃ」と答えたのは有名な話です。「んーと」というのが口癖で、ついでに長寿のお酒「ん」も作ってしまいました。

百二十五才と聞くとまだまだひと花咲かせますよね。 百二十五才からすると今の年齢は人生の旅路の中でどのあたりを歩んでいるのかなあと思うことがあります。

 話は突然飛びますが、私が小学生のころ、永谷園の『お茶漬け海苔』のおまけで歌川広重の『東海道五十三次絵』が入っていました。それ以来私は浮世絵のとりこになり、切手趣味週間に発売される記念切手は憧れでした。小学校の近くの切手のお店に飾ってあるとても高価で手が出ない切手を穴が開くほど見ていたのを昨日のことのように思い出します。

東海道五十三次は言うまでもありませんが、江戸時代に江戸(日本橋)と京都(三条大橋)を結んだ東海道の五十三の宿場のことです。しかしこの距離がほぼ百二十五里(正確には百二十六里六丁一間)であることを最近知り、びっくりしました。私の勝手な想像ですが、ひょっとすると日本人は人生を五十三次をこつこつ歩いてゆくことであると伝えているのかもしれません。

 

 

老化の原因

 

 そもそもなぜ老化現象が起こるのでしょうか。細胞学者のヘイフリック博士は真核細胞の分裂回数の上限がおよそ五十回であることを見出しました。分裂毎にDNAの両端が短くなって行き、それ以上短くなると細胞死が起こるのだと考えられています(テロメア説)。新しい細胞が生まれなくなれば、老化するのは仕方ありません。また細胞分裂の際に遺伝子のエラーが起き、それが蓄積してゆく事も考えられます(遺伝子修復エラー説)。

 また、私たちは酸素を使ってエネルギーを作り出していますが、この酸素は同時に猛毒である活性酸素を生み出し、蛋白質を痛めます。痛んだ蛋白を新しく作り直す新陳代謝の働きが衰えると、細胞の機能不全という老化も起こるでしょう(酸化ストレス説)。

 そのほか老廃物が蓄積するためとか、免疫力の低下が老化を促進するとか、体の全体をコントロールしているホルモンの機能が低下するなどで、老化が起こるなどの説もあります。

 この中では酸化ストレス説が最も有力ですが、最近老化に深い関係を持つ遺伝子(老化遺伝子)の存在が動物実験で明らかになり、それが人間にも存在する普遍的な遺伝子であったことから、老化遺伝子説も提唱されています。

 この老化遺伝子の働きはそれがないと老化が起こるものと、それが活性化すると老化現象が誘発されるものと二種類が知られています。総じてその働きは多くの遺伝子をコントロールするマスタースイッチの様な働きをしているようです。

 いずれにしても、一つの原因ですべてを説明できるわけではなく、これまでに挙げなかった要因も含めて複雑に絡み合った現象と思われます。

 もちろん、その人個人の生活の歴史が老化に大きく関わってきます。生まれたときには同じスタートラインに立っていても、年月を重ねる度に生きるスピードや走るコースが違ってきます。要はそれらを人と比べるのではなく、いかにうまくゴールするかを現在考えて行動することが最も大事であると思います。

 

 

老化の生物学上の意味

 

 秦の始皇帝が求めた永遠の生命は、ついに得ることが出来ませんでしたが、それをいとも簡単にやってのける生き物がいます。それは細菌です。

 細菌は、自分と全く同じコピーをすごい勢いでつくります。コピーはできあがったときにはどちらがオリジナルだったのか分かりません。今顕微鏡で見つけられた大腸菌は何世代も前から長い時を経てコピーされ続けた物であると考えると、永遠の生命を持っていると考えられないでしょうか。

 私たち生物にとって最も強力な敵はDNAを壊して変異を起こさせるいろいろな要因です。細菌はそれに対抗するために、変異のスピードより速く細胞のコピーを作り出しています。

 しかしその戦略は単細胞で細胞やDNAのサイズが小さいから出来る事のようです。私たちのように60兆個もの細胞で一つの個体を形作り、しかも細胞の大きさやDNAの量が数千倍となると、どうしてもDNAに変異が蓄積してしまいます。それが体細胞に起こった場合は、アポトーシスという細胞死で除去されますが、生殖細胞は別な戦略をとります。

 それは有性生殖です。私たちの染色体は父親と母親からもらった一対の染色体からなっています。生殖細胞を作るときにそれをシャッフルして新しい染色体を作り、さらに配偶者の染色体とセットにして、DNAの変異を覆い隠す戦略をとりました。

 ある意味、私たちの体細胞は生殖細胞に永遠の生命を委ねたのです。体細胞はその生殖細胞を守るために、私たちの体を形作っているとも言えます。まず生殖年齢に達するまで生きるための消化器系を持っています。敵から身を守るために脳を発達させ、生存競争に有利になるように体を進化させてきました。人間は特別な体の機能を持たない代わりに脳を発達させ、道具と言葉を発明しました。

 生きることは戦いであるとは有名な言葉ですが、体細胞は闘い疲れた老兵のように徐々にそのパワーを失ってゆきます。これが私たち多細胞生物の選択した戦略と、その結果としての老化を説明したものです。

 すべての生き物の中で、人間だけが生殖年齢を大幅に超えて生きています。その後半の人生で人類は文化や芸術を創造し、よりよい方向に社会を変えようと努力します。

 その意味で年をとると言うことは次世代に命を渡すだけの生物から、真に人間らしい姿に進化すると言うことになると思います。まさに人間としての完成を目指す、尊い世代です。

 

戦う「アンチ・エイジング」から、寄り添う「マイ・エイジング」へ

 

 「少しでも長生きしたい。できれば若いままで。。。」これは誰もが一度ならずとも願ったことでしょう。いつのまにか、「よいしょ」という枕詞が最初に口について出てくるようになったり、「駆け込み乗車はおやめください」のアナウンスを聞きながら、いつまでもゼイゼイが止まらなかったりした時など、年齢を感じる場面はたくさんあります。

 どうして老いるのか、そもそもなぜ老いはあるのか、そして老いは避けられないとしても、できるだけ遅らせることは出来ないか。

 テレビ、ネット、書籍などあらゆるメディアで老化について情報が溢れていて、いわば飽食の時代に、栄養失調となっているようなものです。某テレビ番組で「○○が健康によい」と伝えると、その日の内にコンビニから商品が消えるという異常な国に住んでいます。

 確かに伝えているのは、ウソではないのですが、ある特殊な状態で、一部分を切り出したら、真実であるというぐらいものです。この複雑な人間、しかも老化というその人の歴史の流れの中でしか捉えられない現象に、単純な一つのことで説明できるはずがありません。

 

 老化現象は多様ですから、他人と比較するのはナンセンスです。従って、多くの人の平均値の変化で説明する“医学的事実”は割り引いて読んでください。

 老化は自然な現象ですが、一旦病気になったら、若いときのようにすぐには開腹しません。病気の予防は絶対大切です。

 しかし体によいことは、本来楽しい物です。他人が勧める健康法を嫌々するのではなく、体が欲する良いことを楽しみながら続けることが大切です。

 すなわち老化と闘う「アンチ・エイジング」ではなく、私なりの老化を楽しむ「マイ・エイジング」です。

 マイ・エイジングのモットーは次の3つです。

 ①人間いろいろ、老化はもっといろいろ。

 ②生理的な老化は避けられないが、病的な老化は避けたい。

 ③食事、運動、脳トレは楽しみながらほどほどに。

 

更年期を乗り切る楽天主義

 

わき目もふらずに働いてきて「さあこれから」という時に、くも膜下出血で倒れる大黒柱のご主人。全精力を育児に費やし、やっと手を離れて「やれやれ」という時に体調を崩す一家の太陽、お母さん。こういう話を聞きますと、 「やっぱり厄年だからね」という同情の声がよく聞かれます。

 女性の厄年は十九才と三十三才、男性の厄年は四十二才と、昔からいわれていることは皆さん良くご存じのことと思います。しかし、十九才のピチビチの女子大生に向かって「かわいそうに厄年なんですね」と言うとほっぺたを叩かれます。四十二才の男性といえばまさに職場の中核で、いちばん脂がのりきった年代ですよね。少し実感と厄年の間にずれがあるように思うのは私だけでしょうか?

 実はこの厄年は現代の私たちには当てはまらないんです。織田信長の時代は『人生五十年、下天の内を比ぶれば、夢幻の如くなり』。と舞をまったように平均寿命が五十年程度でした。

 現在の男性の平均寿命は男性で約七十九歳、女性で約八十六歳ですので、戦国時代からすると約一・五倍寿命が伸びていることになります。従って厄年を現代の我々にあてはめようとすると、十九才は二十九才、三十三才は五十才、四十二才は六十三才と五割増しで考えないといけないことになります。

 女性の二十九才は子育てで戦争です。女性の五十才。更年期の真っ最中です。一番体調を壊しやすい時期です。

 男性の六十三才はどうでしょうか?六十三才といえば定年退職の年齢になります。五十歳前後の女性といえば、閉経に前後して女性ホルモンの分泌が少なくなるために体の更年期障害が起きます。更年期障害といえば女性の特権のように考えられてきましたが、男性も五十才頃から男性ホルモンが減少して徐々に若いころの体力を失い、さらに定年退職を迎える年令になると、心の更年期障害も加わってきます。

 以上から考えますと、更年期障害こそが現代の厄年そのものとも言えるのです。

 更年期障害は誰にでも訪れますが、症状が非常に強い人から全く感じない人まで様々です。ある研究者がその人の性格や人生への取り組み方と、更年期障害の症状の強さを検討したところ、非常に面白い結果が得られました。

 更年期障害を起こす年令に達した人を、以下の四つのグループに分けたところ更年期障害の強さに大きな違いが認められたのです。

 先ず第一は「I am OK. You are NOT OK.」のグループです。この意味は「自分は大丈夫。みんなはダメ。信じれるものは自分だけ」と他人の意見を聞こうとしない「自己中心的な人」です。頑固なお父さんに多いタイプです。

 第二は「I am NOT OK. You are OK.」のグループです。「私はダメだけど、あの人はいいよね。」という考え方の人です。すぐに他人と比較して自分をダメだと思いこみ、愚痴ばっかりこぼしている人です。井戸端会議が愚癡に始まり、愚癡に終わっている方はいませんか?

 第三は「I am NOT OK. You are NOT OK.」のグループです。「自分もダメなら、あんたもダメ。同じダメ同志、適当にやろう」という人たちです。困ったことに、なにをやってもしょせんこんなものと悪びれている今の若者にこのタイプの人が多いように思います。

 以上紹介した三つのタイプの人々の大部分は、更年期障害の症状が強く、治療がうまくゆかなかったようです。

 一番症状が軽く、元気な人生を送ることができたのは最後のグループでした。それは「I am OK. You are OK」です。つらいのは私だけではない。病気でも頑張っている人がいる。私にもできるはずだ。と良い意味で開き直って、楽天的に生きる人たちです。人間の脳はもともと快楽を感じる物質で満たされているのです。楽天主義はそれを引き出し、脳本来の力を蘇らせる効果があります。

 「どんなことがあってもへっちゃらだい。」というガキ大将の生き方こそ、更年期を乗り切る最高の生き方であることを知って下さい。

 

第三の人生は「ネンネンコロリ」から「ピンピンコロリ」へ

 

 二十才の成人までを成長期の第一の人生、それから社会で活躍する年代を第二の人生としますと、定年退職後の人生は第三の人生ということになります。

 年金問題や介護保険導入に伴う問題など第三の人生を支える社会的仕組みも充実しているとは言えません。私は現在第二の人生を歩んでいますが、私が高齢者になるときには年金制度が破綻すると言われており、とても対岸の火事と済ませるわけにはいきません。

 老いが不安なのはその後に控えてある死に対して悪いイメージを持っているからだとおもいます。

 昔の大家族の時代には、死は大勢の家族に看取られながら、自宅の畳で安らかに眠るように迎えるものでした。

 ところが現在では死と言えば病院でまるでスパゲッティのように点滴などの管につながれて、やせ衰えて苦しみながら死んでゆくというイメージがあります。私も長年脳神経外科の臨床をしていまして、脳梗塞などで寝たきりになり、褥瘡ができて痛みと麻痺のため自分で体を動かすことができなかったり、植物状態で全く意思表示できなかったり、脳死状態で無理やり呼吸させられたりなど、悲惨な生き方をたくさん見てきました。

 私はこれらの患者さんを見てきて、自分は死ぬ直前まで元気で生きて、死ぬときはコロリと逝きたいと思っていますが、これは私だけでなく、ほとんどすべての方の願いではないでしょうか。

 このように元気に生き抜き、病まずに死ぬという理想の第三の人生をPPKと名付けた人がいます。PPKとはピン・ピン・コロリの略字です。意味はすぐに分かりますよね。こんなすてきなネーミングを考え出したのは、国民健康保険中央会というお堅い国の組織でした。

 

 PPK達成日本ーは長野県です。国民健康保険中央会がこの長野県に注目してPPKの秘密を探った結果が『PPKのすすめ』 (紀伊国屋書店)で報告されています。この本にはいろんなデータが書かれてありますが、 PPKの条件を私なりに三点にまとめてみました。

 第一点目は仕事や生き甲斐があるから病気になる暇がない。ということです。 

 八十歳以上の方でもほとんどの方が農作業などの自分の仕事を持っていたり、自治会の役員になっていたり、唄・踊り・囲碁などの趣味を忙しく楽しんでいたりして、病気で横になっている暇がない人たちばかりなのです。

 ある経済学者が「朝起きて、今日一日やることが決まっていない事ほど不幸なことはない」という言葉を残していますが、まさにコロリの直前まで仕事や生き甲斐を失ってはならないと言うことを教えてくれていると思います。

 第二点目は生まれた土地が好きだから、病気になってこの土地を離れたくないということです。

 長野県は持ち家率が高い、一人暮らしの老人が少ない、離婚する人が少ないなど、家庭機能が充実していることが伺われます。また自然も豊かで生まれ育った土地を愛している人が多いという特徴があります。病気になると言うことはその土地と家を離れることを意味することが多いため、住民は健康を守ろうとする意識が高いことが分かりました。

 第三点目は地域に足の太い保健婦が多いと言うことです。高い住民の健康意識を支えているのは気軽に飛び歩く保健婦さんたちでした。彼女たちが中心となってすべての医療関係者が住民に健康情報を伝えることに熱心なのです。

 まさに「健康は病気を治すよりも、病気にならないこと」を実践しています。以上の生き甲斐・動機・勉強を一つのヒントとしていただいてネン・ネン・コロリ(NNK)を予防して、ピン・ピン・コロリ(PPK)目指して頑張りましょう。