アウトカム評価は回復期リハビリになじむか

 2004年に脳神経外科医から私企業研究所のサラリーマンとなった時、強いカルチャーショックを覚えた。それは新製品開発工程のGo/Not Goを決める評価サイクルが早いことであった。研究開発に無駄な物的および人的投資を行うことをできるだけ避けるというのは、利益を出すことがなによりも求められる私企業では仕方ないのかもしれない。さらに、利回りを早く確定し、リスクを避けたいという株主のニーズに従って、四半期(わずか3ヶ月)毎に業績を株主に対して公開している(四半期経済)。利益を確定するためには、長期的な展望に立つ独創的な市場の開発よりも、短期的な既存製品の改良を出して行く戦略が手っ取り早い。その結果、販売される製品群は他社の改良版ばかりとなり、製品価値が低下し、新興国の価格競争戦略につけ込む隙を与えた。

 アメリカで始まった四半期経済はアメリカの体力を著しく衰えさせたが、最近ではベンチャー企業の勃興が経済の新陳代謝を促し、現在では成長路線に入ってきている。翻って日本を見ると「出る杭を打つ」という横並び主義によりチャレンジャーが育たず、新陳代謝が行われていない。体力がなくなった企業は新興国のベンチャー企業の餌食となっている。

 さて、研究所から医学の道に戻ったとき、リハビリテーション科に転科し、メスを置いた。救命救急に係わる臨床科全般に言えることであるが、発症時に適切な対応を迅速に行うことが、患者の予後を左右する。私の歓迎会で先輩全員が酔っ払っていて、マスクを二重にして息を殺して急性硬膜外血腫の手術をしたことを思い出す。迅速な対応はできたが、適切な手術だったかは心許ない。しかし患者さんは元気に社会復帰した。脳神経外科時代は、急性期の短期の成績こそがすべてであり、その後麻痺を抱えた患者がどこでどのようなリハビリを受け、自宅や施設で生活をしているのか、いわば長期の成績は全く興味がなかった。そんな短期志向の私でもショックを受けるほど、現在の日本のみならず世界の企業が短期志向であることをご理解いただければと思う。

 リハビリテーション専門医試験にチャレンジする中で、機能解剖やリハビリ技術と同時に、リハビリの歴史や理念を学べたことが、大きな収穫であった。リハビリの理念とは簡単に言えば「患者の尊厳を取りもどすこと」である。Rehabilitationの語源は(Re)=「再び」、(habilis)=「人間にふさわしい、人間として望ましい状態」にする事である。すなわち、障害者のリハビリとは単に手足の機能回復など部分的な意味に留まるのではなく、人間全体としての「人間らしく生きる権利の回復」すなわち、『全人間的復権』を意味する。そのために、リハビリテーションでは単に日常生活を阻害している機能障害を軽減するための①機能改善としての機能訓練や生活訓練だけではなく、②環境への適応、③生活環境整備そして④社会環境整備も同時並行して行っている。

 機能改善が最も認められるのは急性期の治療が終わって数ヶ月間の回復期であり、そのために回復期リハビリテーションでは①に重点が置かれている。機能改善の指標としては平成28年度の診療報酬改定でFIMが本格的に導入されようとしている。

 FIMとは機能的自立度評価表(Functional Independence Measure)の略であり、実際に『しているADL』を評価する世界的に利用されている指標である。体の動きに注目したADLを13項目(FIM運動項目:運動FIM)、そして認知機能の側面を見た認知ADLを5項目(FIM認知項目:認知FIM)の全18項目を介助量に応じて7段階で評価する。最高得点は18×7 = 126点、最低点は18×1 = 18点となる。

 今回の答申では「回復期リハビリテーション病棟を有する保険医療機関について、当該病棟におけるリハビリテーションの実績が一定の水準に達しない保健医療機関については、回復期リハビリテーション病棟入院料を算定する患者に対して1日に6単位を超えて提供される疾患別リハビリテーション料を、回復期リハビリテーション病棟入院料に包括する」とされた。これは簡単に言えば水準に達しない場合は、1日7単位目からはボランティアとなると言うことである。「一定の水準に達していない」とは過去6ヶ月に回復期リハビリテーション病棟を退棟した、計算対象から除外される患者以外のすべての患者についての運動FIMの増加分(退院時運動FIMから入院時運動FIMを引いたもの)の総和を、患者毎に在棟期間を算定日数上限で割った数の総和で除した数値が27未満である場合とされている。この評価基準をクリアするためには分子を増やすこと(運動FIMを最大限に上げる)と、分母を減らすこと(算定上限日数を待たずに、できるだけ早く退院させること)が求められる。

 さて、FIM自体は日常生活動作を客観的かつ詳細に評価できる素晴らしい指標である。これが今回の改定で本格的に導入されたことは評価基準の選定としては正しいと思われる。しかし、FIM利得(最後の点数から最初の点数をひいたもの/リハビリ日数)の評価となると、次の4点の欠点が指摘されている。厚労省はこの点をしっかり把握し、水準の計算に除外項目を設けていて、批判をかわそうとしている。

 最初は「天井効果」である。入院時FIM得点が高い患者は、FIM利得が低くなる。たとえば125点で入院した患者はあと1点しか伸びしろがない。この効果を減ずるために、入院時運動FIMが76点以上の患者は除外対象となった。

 二番目は「床下効果」である。入院時FIMがかなり低い患者は、FIM利得が少ない。病前から寝たきりでFIMが低い患者は、集中的なリハビリでもADL改善効果は低い。そのため運動FIMが20点以下の患者と、ADL制限を抱えがちな80歳以上の高齢者は除外対象と指定されている。

 三番目は「認知効果」である。認知能力が低い患者はFIM自体が「しているADL」を測定するものであることと、リハビリの指示が理解できないことによりリハビリテーション効果が低いことなどから、認知FIMが低い患者はFIM利得が低い。この効果のため、認知FIMが25点未満の患者と、高次脳機能患者が40%を超える場合を除外項目としている。

 最後は「バラツキ効果」である。現病の悪化や再発、合併症の発生そして偶発的疾病などによりFIM利得がマイナスとなる患者が一定数存在する。その患者については低下の直前の時点をもって退棟したと見なすこととなっている。実はバラツキで最も多いのは、利得の基準となるべき入院時FIM評価である。患者が新しい病棟に来て慣れていないこと、人的資源の問題から「できるのに、させない」状況がたびたび発生すること、そして評価者の能力と評価時間のバラツキが大きいことが原因となる。これは医療者側の努力により解決すべきものであるが、

ここで点数操作がなされると、制度自体の根幹を揺るがすこととなる。

 上記のようにFIM利得による評価法の欠点を修正するための処置がとられていることは評価できる。執筆時点(平成28年3月2日)では水準は27点で線引きをされているが、将来はこのハードルが上がって行くであろう事は、火を見るよりも明らかである。今回は水準を、評価が簡単な運動FIMに限って計算していることが巧妙である。まずは可視化しやすいところから条件を設定して行くというのは戦略として間違ってはいない。

 だが、本当にそれでいいのだろうか。確かに動かなかった手足が少しでも動くようになり、できなかった日常生活が徐々に介助なしでできるようになることは、人間の尊厳の基本部分を回復して行くためには重要である。家族も介助量軽減などの恩恵を受けるためにそれを望むことが多い。

 ところが、家族がいないところで本人と雑談をしていると、「実は無理かもしれないけど、もう一度釣りがしたい」と自分の趣味やライフワークなどを控えめに、照れながら話をしてくれる事がある。患者自身が望む全人間的復権は運動FIM利得改善の先にある、自分の人生の総仕上げとしてきた「ある事柄」を達成する、あるは達成しようと努力する所にこそあるのではないか。そのような患者の希望に添った取り組みは、地道な心理的関わりが必要であり、FIM利得では表現できない。それらを軽視するような施策は、冒頭に述べた四半期経済の轍を踏む事にはならないか。たまたま四半期である3ヶ月は回復期リハビリテーション入院期間とほぼ同じである。人生という本人が望む長期展望を無視し、株主ならぬ家族や医療従事者の短期利益のみを追求するやり方は、リハビリテーションの理念からみれば、配慮不足であると言わざるを得ない。

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